ゼネラル・モーターズは、フォードとクライスラーとともに「自動車産業のビッグ3」と呼ばれた自動車メーカーです。ただ、売上不振で経営破綻を経験しました。そんな同社の再建に力を発揮した人物が、メアリー・バーラ氏とディビア・スリヤデバラ氏です。2人の女性の功績を見れば、どれほど会社に貢献したか理解できるでしょう。そこで今回は、ゼネラル・モーターズの概要とともに両氏の功績などをご紹介します。
そもそもゼネラル・モーターズとは?
メアリーバーラが2014年に女性初のCEOとなったゼネラル・モーターズは、2009年の経営破綻から再生を果たした米国の自動車メーカーです。
創業からトップ企業へ
ゼネラル・モーターズの歴史は、1908年にウィリアム・C.デュラントが設立したビュイック・モーターから始まります。
同社は事業を拡大するに伴いキャデラックやオールズモビルを買収し、1916年にゼネラル・モーターズになりました。1920年、倒産の危機に見舞われますが、当時の経営者が進めた改革により立ち直ります。
具体的には、企業方針が高所得者とともに低所得者向けの車種も開発する方向に転換されます。その結果、1920年代のうちには有名なフォードを抜き、米国でトップの自動車メーカーに躍進しました。
多彩な事業内容
ゼネラルモーターズの事業内容は、乗用車の製造・販売にとどまらず多彩な分野に及びます。
乗用車の分野で主軸となる人気車種は、シボレー・ビュイック・キャデラック・GMCの4つです。日本ではスズキやトヨタが以前にシボレーを販売するなど、これらの車種は世界展開しています。
他には、トラック、機関車、土木建設機械などの分野も手がけています。近年は、宇宙関連製品まで事業分野を広げ始めました。現在、日本のホンダとは電気自動車の新型エンジンの共同開発も進めています。
2009年の経営破綻
米国内で長きにわたり自動車メーカーのトップの座を守ってきたゼネラル・モーターズですが、2009年に経営破綻します。
かつての業績に目を向けると、同社は1931年から2007年まで世界最大の売上を記録していました。その期間は77年を数えますが、それでも数年後には破産する事態に遭遇します。
経営破綻の主な原因は、2008年に起きたリーマンショックです。国内景気の悪化は購入者の減少を招き、経営状況は傾いていきました。ただ政府が大株主になるなど再建が進められ、2010年11月にはニューヨーク証券取引所で再上場を成し遂げます。
メアリー・バーラ氏の足取り
メアリー・バーラ氏は、経営破綻を乗り越え復活したゼネラル・モーターズで2014年からCEOに就任した女性です。
1980年からキャリア開始
バーラ氏は、1961年に米国のミシガン州で生まれます。父親は、ゼネラル・モーターズの工場で部品加工の職人として働いていました。
同社における本人のキャリアは、1980年に始まります。高校卒業後、ゼネラル・モーターズが運営する学校(現ケタリング大学)に18歳で入ると、翌年からポンティアックブランドのインターンシップ学生になりました。
学校では電気工学を学び、卒業後にゼネラル・モーターズへ入社します。その後、社内では主に開発分野に関わり、グローバルの製造・エンジニアリング担当のバイスプレジデントをはじめエンジニア関連の要職を経験しました。
会社の再建を指揮
バーラ氏は、ゼネラル・モーターズが経営破綻したとき会社の再建に向けて指揮する役割を担います。
かつて経営破綻を乗り越えた際、同社は社名を変えるとともに大幅なリストラを実施しました。従業員は約25,000人を減らしたうえで工場数も20近く削減し、社内のスリム化を遂げます。
さらにCustomer(顧客重視)、Car(車)、Cuture(企業文化)の3つの「C」を、改革の課題に掲げました。とくに顧客重視の経営体質に変わりますが、バーラ氏は会社を改善するため力を発揮します。
CEO就任後の功績
ゼネラル・モーターズにとっては、バーラ氏がCEOに就任してから成し遂げた功績も小さくありません。
まず2014年の就任直後に直面した問題が、イグニッションスイッチの大規模なリコールです。欠陥トラブルの放置が引き起こした危機的状況でしたが、適切な対応により克服します。
また、同社のヨーロッパ事業で赤字が続いた「オペル」の売却も決断します。さらに自動運転車のクルーズ・オートメーションを買収し、電気自動車シボレー・ボルトを発表するなど時代の変化に合わせた事業の推進により高い評価を得ています。
ディビア・スリヤデバラ氏も大きく貢献
ディビア・スリヤデバラ氏は、ゼネラル・モーターズでバーラ氏のCEO就任とほぼ同時期にCFOとなり同社に大きく貢献した女性です。
入社までの足取り
スリヤデバラ氏はインドに生まれ、同国のマドラス大学を卒業しました。その後、米国のハーバード大学で経営学修士号を取得します。
ゼネラル・モーターズへ入社したのは、同社が経営破綻する4年前の2005年です。公認財務アナリストや公認会計士の資格を有し、入社してからは主に財務部門を歩み続けました。
経営破綻からの再建後、2013年から2017年までは資産管理の最高責任者および最高投資責任者を務めます。また財務および会計担当副社長の職務を2015年から2017年まで歴任しました。
会社での功績
スリヤデバラ氏がゼネラル・モーターズにもたらした大きな功績は、出資・資金調達部門での貢献です。
2015年~2017年の期間には、3つの信用格付け機関による格付けですべての格上げを達成します。2017年7月からはCorporate Financeの副社長になり、企業財務計画や特別プロジェクトを担当しました。
他に、先述のヨーロッパ事業におけるオペル部門の売却や自動運転車のクルーズの買収でも大きな役割を果たしたと評されています。また自動運転車を開発するプロジェクトでは、ソフトバンク・ビジョン・ファンドからの出資確保に尽力しました。
2018年に39歳の若さでCFOに就任した際は、バーバラ氏とともに世界的な自動車メーカーを率いる女性として注目を集めます。これまでの功績は著しく、2020年に転職を発表すると経済界では驚きの声が上がりました。
いずれにしても女性2人が重職に就任したことは、新生ゼネラル・モーターズのイメージ刷新に大きく役立ちました。
まとめ
メアリー・バーラ氏は、ゼネラル・モーターズの再建やリコール問題の解決に優れた能力を発揮した女性CEOです。またディビア・スリヤデバラ氏は財務部門で活躍し、39歳の若さでCFOへの就任を果たしました。
再建したゼネラル・モーターズにおける両氏の躍進は、長く男性中心の社会といわれた自動車メーカーのイメージを塗り変えるのに成功したといえます。